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2011.04.08 Friday | by スポンサードリンク

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3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震により被災された皆様に対しまして心よりお見舞いを申し上げます。

2011.04.08 Friday | by gifu-kt
 3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震により被災された皆様に対しまして心よりお見舞いを申し上げます。

建築探訪訪問記

2010.03.21 Sunday | by gifu-kt
探訪訪問記掲載原稿企画中!

建築探訪団〜岐阜城から安土城へ

2009.05.20 Wednesday | by gifu-kt
建築探訪団〜岐阜城から安土城へ
5月の連休、探訪団一行は安土城へと向かいました。
今年の初めに、岐阜城の発掘レポートを行ない実際に発掘現場をおとずれこの場所に信長公が実際にいたのだと一同共感動したのでした。
歴史書の中では近い存在でありながら実際に見る発掘現場はやはり書物では味わえないものを感じがる事ができました。
信長はこの岐阜におよそ9年ほど住んでいたそうです。そしてこのあとの足跡を体験したくなり、それじゃ〜岐阜を出て安土町に行こうと言う事になりました。
5月のある日はすばらしい晴天に恵まれました。
まず、安土町の安土城考古博物館で信長の情報を集め、その後信長の館に行きました。
ちゃんと、信長の資料を集めて力の入れ方がよかったです。
信長の館では、安土城の天守閣原寸大の物が復元されており、今までイメージの中でしかなかった物が実際に見る事もできました。
天守の部分は最上部6階の部分が東京大学、東京芸術大学、京都市立芸術大学の指導のもとに忠実に再現されておりました。
信長についての具体的な資料は少なくいったい再現の資料はどこから探したのか、、、、、実は加賀藩の御抱大工に伝わる安土城の天主指図が発見され、当時元愛知産業大学学長の内藤昌氏により間違いなく安土城の図面である事が解明されたそうで、その後この復元天主は1992年のスペインセビリア万国博覧会の日本館のメイン展示したそうです。
再現された城の天守部の内部は天井、壁、柱、金張りの何とも言えない物で、時の信長の力?偉大?パワーを感じるのでした。
さて、この後いよいよ安土城あとに向かいます。
この博物館から歩いて15分位でしょうか、田んぼのあぜ道は多分昔と変わらない風景でしょうあちこちで田植えがはじまってました。
いよいよ安土城です。入り口でチケットを買い(以前は無料?)中に入りました、、、、、、、、、、、
それは、思っていた以上の迫力の風景でした。
まず、城に入る最初の大手口で仰天しました。
約幅8メーターほどの石の階段が上部に向かって直線で180メートルーほどつづく物でした。
階段でこのような物は見た事もなくよくぞ造った物だとしか言えませんでした。
そしてこの石の階段を上る気力も昔の人はすごい!!
50メータほど上ると両脇に伝羽柴低(秀吉)と伝前田邸と構えるようにあり、そして伝徳川邸、織田信忠邸とまさに日本の戦国〜江戸と時代を作り出した若き主人公達の住処が一同にあるのでした。

天守跡安土城天守跡

大手道180mの直線階段がつづく大手道




天主原寸に再現された天守内部


織田信長居館発掘のレーポート

2009.02.20 Friday | by gifu-kt
今から440年前、天下統一を志した信長は1567年34才の時岐阜に入りました。 
その2年後の1569年ポルトガルの宣教師ルイス・フロイスはキリスト教布教の許可を得るために岐阜の信長を訪ねております。
その時のようすがフロイス著書「日本史」に記されており信長の館や庭園についても紹介されております。  その日本史にはこう書かれております。 『*金華山麓の信長居館は、巨大な石垣や「劇場のごとき大なる家屋」、「クレタ(ギリシャのクレタ島に栄えた古代文明。)の迷宮」のような複雑な構造である。 居館は4階建てで、1階が舞台のような大広間、2階は家族の居室があり、美しい襖でいくつかの小部屋にしきられており、3階は閑静な茶室、4階からは岐阜町が展望できると記してあります。また、庭には白砂で敷きつめられた池があり、中には美しい魚が泳いでおり、池の中には小島があります。』 そしてフロイトは『信長公が入城してわずか2年の間に華麗なる館を建造し、文化的には楽市楽座令により全国から商人や品物が集まり多くの人々が往来した岐阜町』の繁栄ぶりについても記してております 。
 今回、私達は現在発掘調査中のこの歴史の舞台となった、岐阜公園内にある信長居館跡を探訪することになりました。
 3月初めの薄曇りの中、遊具場には親子連れ。子供達のグループ、家族連れ、山登りを終えたリュック姿の年配者で園内はあいかわらず賑わっていました。 居館跡はどこにあるんだろう。 そんなことを思いながら歩いて行くと金華山の裾野、ロープウェイ乗り場の裏手あたりの階段を登り切ったところにそれはありました。
現在発掘調査まっただ中と言う感じで青いビニールシートがいたる所にかけてあり、県の教育委員会の方が寸法や図などの作業をしてみえました。 囲いの中をのぞいてみると石と土が積まれたところ土台かな、溝らしきところ、ここに建物があったの?庭園や池もあったらしい。--とボランテアのガイドさんが訪問者に説明されてみえました。
 右手、明治天皇像のあたりに行くとブルーシートがかけられ調査中のところが数カ所ありました。ここは何の跡なんだろう。すぐ目の前には山が迫っています。辺りをグルグル見回し う〜ん、本当にこの場所に信長の居館があったのかなぁ。確かに少し小高い場所にあり当時としては岐阜の街を全て見下ろす事ができる場所でした。 どんな建物だったんだろう?庭や池はどこにあったんだろう?想像してるうちになんだかワクワク、楽しくなってきました。建物など何にも無いけれど想像できる場所がある事が唯一の楽しみです。
 信長と言う人物がこの場所で天下統一と言う大きな構想を考え実行に移す事を日々考えていたのだと思うと、 早く何かしらの根拠が出てくる事を期待しずにはおれないと思いました。 信長は岐阜在城9年の後さらなる天下統一をめざし岐阜城から近江(滋賀県の安土)の安土城へと移りました。
 岐阜の居館跡同様「幻の名城」と言われる絢爛豪華な安土城にもいろいろな歴史とロマンがあります。 信長の事を書きしめした信長公日記の建築施工の記述によると『築城大工は熱田神宮の宮大工岡部又右エ門父子、外観の石垣積みは職人集団 穴太衆(あのうしゅう)の戸波一門、内装は襖、障壁画絵師の狩野永徳父子、きらびやかさを演出した金工・後藤、鉢阿弥一門など当時一流の職人集団により造営された』とあり、当時の職人の中でも一流の技術者をそろえたのでした。  
現在、岐阜公園内の信長居館跡の建築基礎の確認はされておりませんが、決定的な物証が出る事によりあのまぼろしの安土城と岐阜城との関係とそして新しい歴史が発見され今日の私達に夢を見せてくれる事と思います。 
今回、居館跡を訪ねそれぞれが思いのままにに想像したり推測したり話はどんどん膨らんでいきました。 
現段階では、国の史跡指定にはなっておりませんが今後の調査に期待をこめ、「居館跡・安土城ともに復元された建物をぜひ観てみたい」とそんな壮大な歴史ロマンに触れた一日でした。 ------------------------------------------------------------------------------  123

岐阜建築探訪団--高山現代アート展

2008.12.04 Thursday | by gifu-kt
高山現代アート展にいってきました。
場所は高山市国府町名張の里山です。
牧草地が広がるのどかな場所に、美術家17人の作品が出品してありました。
建築とはまた違った自由な表現と、そして自然と作品が共鳴するかのようにように.それぞれ点在して設置してありました。

牧草地にある渦巻きの作品から.小川の中に何枚もおかれたテラコッタの面など.日常では考えられない作品と展示の方法は.訪問者にふしぎな感覚をよびおこしてくれます。
現代アートの面白さです!
それは現代のあてはめられた規制社会からしばし離れたくなるような.何ともいえない自由で楽しい時間を創ってくれました。
そして言葉では言い表せない現代アート展は.どこか心の記憶に残っている里山との新しい接点を模索するかのようにオーラな体験をさせてくれました。
ひとときの時間をすごした帰り道.ふと思い起こした事は---------
最近このような何か新しい方向を表現(感じさせて)する建築に巡り会ってないな〜経済指数の建築があまりに多く.おもしろくないな〜と!

----岐阜建築探訪団5人より

中秋の名月

2008.09.09 Tuesday | by gifu-kt
満月中秋の名月観望会
9月14日は中秋の名月です。
金華山の麓を流れる長良川の右岸には、十五夜の月明かりと景観を楽しむ『名月観望会』が毎年1日だけ行われぎわっております。

手づくりの組立て式の縁台には畳みが組込まれおり、小さなテーブルもセットされています。まるで、和式の部屋をそのまま外に持ち出したかのようです。
そして煌々と輝く月明かりのもとで飲む酒は格別なものがあります。
十五夜当日は月明かりが明るすぎるため鵜飼は行いません。
静かな時間の中に、こくこくと上がる月と止めどなく流れる川の流れが岐阜の歴史と地球の生を感じさせてくれます。
この一時は長良川と金華山をひとりじめしたような気持ちになりとてもぜいたくな時間が味わえます。

この試みは毎年1回行われますが、経緯はこうです。
今から5〜6年ほど前に岐阜で建築を志す有志の方が、長良川の景観を鵜飼いのような観光資源に活用する事ができないかと、いろいろと企画計画〜模索しながら、一度京都の夏の風物川床に近い事をやってみようと考えたのが始りです。
それから、まずは自分達で経験して楽しもうと、手作りの川床セットをTさんが製作し、その後有志の人達が集まるようになり、今年で5年になります。

参加は自由ですが、セットの数がありますので、予約しないとできませんが
一度味わったら毎年楽しみな事になりそうです。
Tさんいつもご苦労様です。
(写真=Tさん提供)

<提案>
**岐阜長良川沿岸の旅館の皆さんも鵜飼いのシ−ズンのみ『川床長良川』として試みてはいかがでしょうか!**
kuu-y名月

瞑想の森-各務原市斎場・探訪

2008.09.03 Wednesday | by gifu-kt
瞑想の森/市斎場の見学d

建築探訪訪問記『瞑想の森ー市営斎場』をお伝えしようと思います。
岐阜県各務原市那加にオープンした「瞑想の森ー市営斎場」は、最近建築界で話題になっている建築家伊東豊雄さんの設計で、小高い山と小さな池のある公園の中にあります。
思えば、昨年の竣工日に伊東さんのお話を聞く機会に恵まれ.今回この建築のエピソードなどお話された事を思いおこしながら2度目の訪問になりました。
最近の伊東さんの作品は、発想の転換点となった「せんだいメディアテーク」から新しい建築理念を提唱する方向へと変わってきており、この斎場もまさに今までとは違う新しい作品の流れを感じさせます。
山の背景とゆるやかにそして自由にうねる曲線のディテールは、まわりの自然と同化して優しくそれでいて存在感のある建物です。内部も柔らかいまるで体内にいるかの如く曲線と暖かい色合いの空間になっており、どこかスペインのガウディの作品を連想させます。
それにしてもどうやってこの曲線の屋根や構造体を造るのだろう?
そういえば、竣工日にこのポコポコ屋根の上に多くの人が子供のように飛び回っていたっけ!
竣工日にこのデコボコやら曲線のディテールを施工する職人さんの姿や方法など写真や資料などが展示されており、現場の人達の建築にかける意気込みと技術には感動してしまいます。 
今回斎場を探訪して、たんなる「造る」のではなく「創る」と言うこでなければ説明できない人間の創造力と建築技術のすばらしい関係をみさせていただきました。
そして生と死を曖昧にするかのような不思議な建築を見たような気がしました。
ぜひ!実際に訪問して感じてみてください。
weekend-建築探訪団斎場

建築探訪が新しくなりました。

2008.09.03 Wednesday | by gifu-kt
岐阜建築探訪がリニアルしました。
建築探訪が新しくなりました。
清らかな流れの長良川をイメージしたトップページには、建築家の建築物を部分upして写真を記載しました。
岐阜は長良川や緑豊かな金華山など自然の貴重な環境にめぐまれております
この環境の中、たくさんの著名な建築家の作品が数多くあります。
今後も岐阜の情報を少しづつではありますが記載したいと思っております。
お楽しみに!
kuu-Y